
※ 本記事は、2022年に海外で公開された原文をもとに、日本語版として再掲載しています。
感染に目を向けるのであれば、炎症を抑える治療はなぜ必要なのでしょうか。これは、口内炎の治療を理解するうえで、一度立ち止まって考えたい問いです。
第3篇では、原文における抗炎症治療の目的と位置づけを取り上げます。痛みや炎症への対応を治療全体の中でどう考えるのか、また、原著者が薬剤や中薬をどのように評価しているのかを紹介します。
抗炎症治療の二つの目的
「病原体を除去すれば炎症も治るのでは?なぜ抗炎症治療が必要なの?」
こうした疑問を持つ方もいるでしょう。抗炎症治療には、2つの重要な目的があります。
1.治療をスムーズに進めるため
炎症は痛みの原因です。激しい痛みがあると、経口薬や口腔スプレーの使用が難しくなります。また、猫ちゃんが長期間、十分に食事をとれない状態も避ける必要があります。※8
2.炎症が全身に及ぶのを防ぐため

炎症の際に放出される炎症性サイトカインは、血液やリンパを介してほかの組織や臓器にも作用し、全身性の炎症につながる可能性があります。※9
抗炎症治療で選択しない薬剤
カリシウイルスなどの感染が関わる口内炎では、感染に対する免疫機能への影響を考え、ステロイドを中心とした治療は選びません。ステロイドは炎症を抑える一方で、感染を制御する免疫反応にも影響し、長期使用ではさまざまな副作用が生じる可能性があるためです。※10
また、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)も、このタイプの口内炎で持続する炎症を十分にコントロールするには効果が乏しいため、主な抗炎症治療としては選びません。
抗炎症治療に用いる薬剤
1.漢方薬
最も適した選択肢として用いているのが、以前から使用してきた漢方薬です。実際に、猫の口内炎治療に取り組む飼い主の方々にも提供してきました。
ここで用いる漢方薬は、抗炎症作用を持つ複数の成分を組み合わせたものです。体表の血腫やポリープだけでなく、肝臓・胆のう・膵臓・脾臓の炎症にも効果があります。
「具体的にどんな漢方薬ですか?」というご質問については、直接お問い合わせください。
2.トシリズマブ(抗IL-6受容体抗体)
漢方薬以外の選択肢として、以前にトシリズマブを試したこともあります。ただし、現在はより適した選択肢があるため、積極的に勧めている薬ではありません。
トシリズマブは、インターロイキン6(IL-6)の受容体に結合し、そのシグナル伝達を抑える薬です。皮下注射用と点滴静注用の製剤があります。※11
IL-6は主要な炎症性サイトカインの一つであり、そのシグナルを抑えることで炎症のコントロールを図ります。

一方、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)やインターフェロンγ(IFN-γ)は、この薬が直接阻害する標的ではありません。これらは感染に対する免疫防御にも関わるため、炎症を抑える際には、必要な免疫機能まで過度に抑えないことが重要です。※12
漢方薬の抗炎症効果の強み
実際の治療で漢方薬をお渡しすると、
「え……漢方って、本当に効くの…?」
と聞かれることがあります。
ここで用いている漢方薬の最大の強みは、TNF-αの抑制作用にあります。
TNF-αは腫瘍壊死因子αのことで、細胞膜に結合した膜型と、切断されて細胞外へ放出される可溶型があります。※13
このTNF-αを抑える治療を考えたとき、西洋薬では、実際に適した選択肢がそれほど多くありません。
おわりに
原文では、抗炎症治療を、痛みや炎症に対応しながら、その後の治療を進められる状態を支えるものとして位置づけています。一方で、ここで紹介した薬剤の選択や中薬の評価は原著者の治療観・経験であり、すべての猫に同じ方法を当てはめるという意味ではありません。
炎症が落ち着いたときに、何が改善し、何が残っているのか。次の抗菌治療・歯科処置編では、細菌への対応に加え、歯や歯周組織に残る問題をどう捉えているのかを取り上げます。
参考文献・資料
本文の※番号は、編集元の原文と照合できるよう、そのまま残しています。※7はサイトカイン発現に関する関連文献として併記しています。
REFERENCES / EVIDENCE参考文献・資料本文で参照した研究・資料(7件)
※7|口内炎病変における免疫反応と、炎症性サイトカインの発現
Harley R, Helps CR, Harbour DA, Gruffydd-Jones TJ, Day MJ.(1999)
Cytokine mRNA Expression in Lesions in Cats with Chronic Gingivostomatitis.
日本語訳:『慢性歯肉口内炎の猫の病変におけるサイトカインmRNAの発現』
公開日:1999年7月1日。
掲載誌:Clinical and Diagnostic Laboratory Immunology, 6(4): 471–478.
DOI:10.1128/CDLI.6.4.471-478.1999。ASM Journals
※8|猫の歯肉口内炎に伴う疼痛と、疼痛を軽減することの意義
Stathopoulou TR, Kouki M, Pypendop BH, Johnston A, Papadimitriou S, Pelligand L.(2018)
Evaluation of analgesic effect and absorption of buprenorphine after buccal administration in cats with oral disease.
日本語訳:『口腔疾患の猫における、ブプレノルフィンの頬粘膜投与後の鎮痛効果と吸収の評価』
公開日:2017年9月12日(オンライン公開)。巻号の刊行は2018年8月。
掲載誌:Journal of Feline Medicine and Surgery, 20(8): 704–710.
DOI:10.1177/1098612X17727234。Sage Journals
※9|猫慢性歯肉口内炎に伴う全身性の免疫・炎症反応
Tetlow ER, Wentlent LA, Carney PC, et al.(2026)
Serum protein alterations characterize feline chronic gingivostomatitis: a case-control study of electrophoresis, immunoglobulin, and cytokine profiles.
日本語訳:『猫慢性歯肉口内炎に特徴的な血清タンパク質の変化:タンパク電気泳動、免疫グロブリン、サイトカインの症例対照研究』
公開日:2026年4月7日(オンライン公開)。巻号の刊行は2026年7月1日。
掲載誌:American Journal of Veterinary Research, 87(7): ajvr.26.02.0052.
DOI:10.2460/ajvr.26.02.0052。PubMed
口腔病変におけるIL-6などのサイトカイン発現については、本稿の関連文献※7、Harleyら(1999)を参照し、重複して番号を付していません。ASM Journals
※10|猫への糖質コルチコイド投与に伴う血液・代謝・肝組織の変化
Lowe AD, Campbell KL, Barger A, Schaeffer DJ, Borst L.(2008)
Clinical, clinicopathological and histological changes observed in 14 cats treated with glucocorticoids.
日本語訳:『糖質コルチコイドを投与した14頭の猫で観察された、臨床的・臨床病理学的・組織学的変化』
公開日:2008年6月14日。
掲載誌:Veterinary Record, 162(24): 777–783.
DOI:10.1136/vr.162.24.777。British Veterinary Association
※11|トシリズマブのIL-6受容体阻害作用、および皮下注射・点滴静注の製剤
Mihara M, Kasutani K, Okazaki M, et al.(2005)
Tocilizumab inhibits signal transduction mediated by both mIL-6R and sIL-6R, but not by the receptors of other members of IL-6 cytokine family.
日本語訳:『トシリズマブは膜結合型および可溶性IL-6受容体を介するシグナル伝達を阻害するが、ほかのIL-6ファミリーサイトカインの受容体を介するシグナルは阻害しない』
刊行年月:2005年11月。
掲載誌:International Immunopharmacology, 5(12): 1731–1740.
DOI:10.1016/j.intimp.2005.05.010。PubMed
中外製薬株式会社(2026)
アクテムラ点滴静注用80mg/200mg/400mg 電子添文。
改訂年月:2026年5月(第7版)。
資料種別:PMDA掲載のヒト用医薬品電子添文。
参照箇所:6「用法及び用量」、18.1「作用機序」。独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
中外製薬株式会社(2023)
アクテムラ、入院中の成人COVID-19治療薬として台湾で承認を取得。
公開日:2023年4月24日。
資料種別:製造販売元の公式発表。
参照箇所:「アクテムラについて」に記載された点滴静注製剤・皮下注製剤の情報。中外製薬企業情報サイト
※12|G-CSFとIFN-γが感染防御に果たす役割〔マウス実験・ヒトの遺伝学的研究〕
Lieschke GJ, Grail D, Hodgson G, et al.(1994)
Mice lacking granulocyte colony-stimulating factor have chronic neutropenia, granulocyte and macrophage progenitor cell deficiency, and impaired neutrophil mobilization.
日本語訳:『顆粒球コロニー刺激因子を欠くマウスでは、慢性好中球減少、顆粒球・マクロファージ前駆細胞の減少、好中球動員の障害が生じる』
刊行日:1994年9月15日。
掲載誌:Blood, 84(6): 1737–1746.
DOI:10.1182/blood.V84.6.1737.1737。Digital Object Identifier
Newport MJ, Huxley CM, Huston S, et al.(1996)
A Mutation in the Interferon-γ–Receptor Gene and Susceptibility to Mycobacterial Infection.
日本語訳:『インターフェロンγ受容体遺伝子の変異と、抗酸菌感染に対する感受性』
公開日:1996年12月26日。
掲載誌:The New England Journal of Medicine, 335(26): 1941–1949.
DOI:10.1056/NEJM199612263352602。The New England Journal of Medicine
※13|膜結合型TNF-αから可溶性TNF-αが切断・放出される仕組み
Black RA, Rauch CT, Kozlosky CJ, et al.(1997)
A metalloproteinase disintegrin that releases tumour-necrosis factor-alpha from cells.
日本語訳:『細胞から腫瘍壊死因子αを放出するメタロプロテアーゼ・ディスインテグリン』
公開日:1997年2月20日。
掲載誌:Nature, 385(6618): 729–733.
DOI:10.1038/385729a0。
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執筆・監修/公開情報
本記事の執筆・監修者と公開履歴
CREDITS
01 / WRITER
猫博士研究チーム
02 / REVIEW
Li Yun 博士
獣医師
PUBLICATION
公開日
最終更新
Neko PhD
猫慢性歯肉口内炎の治療①|総論と3つの治療アプローチ
猫慢性歯肉口内炎の治療④|抗菌治療と歯科処置について
猫慢性歯肉口内炎の治療②|抗ウイルス治療について