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猫慢性歯肉口内炎の治療①|総論と3つの治療アプローチ

口内炎の治療について調べると、抗ウイルス薬、抗炎症薬、抗菌薬、抜歯など、さまざまな方法が出てきます。それぞれが何を目的としているのかが分からないままでは、治療全体の考え方も見えにくくなります。

口を開けた猫
はじめに

※ 本記事は、2022年に海外で公開された原文をもとに、日本語版として再掲載しています。

口内炎の治療について調べると、抗ウイルス薬、抗炎症薬、抗菌薬、抜歯など、さまざまな方法が出てきます。それぞれが何を目的としているのかが分からないままでは、治療全体の考え方も見えにくくなります。

このシリーズでは、Li博士の原文を四つのテーマに分けて紹介します。第1篇では、原著者が猫慢性歯肉口内炎をどのように捉え、治療を組み立てているのか、その出発点を整理します。

猫の口腔内の診察写真

この文章を紹介するにあたって

本稿のもとになったのは、Li博士が2023年に自身のSNSで公開した文章です。それ以来、博士の支援のもと、何千、何万もの猫たちが治療を受けてきました。

一方で、その広がりに便乗し、モルヌピラビルの模倣品を「口内炎の特効薬」とうたって売り出す、グレーな製造・流通網も生まれました。治療の考え方よりも、薬を売るための宣伝文句だけが独り歩きしている現状があります。

今回の掲載にあたっては、2023年の原文を基に、その考え方や語り口をできる限り残しながら、細部の表現や説明に調整を加えています。

本稿を通じて、猫たちの治療に力を尽くしてきたLi博士に敬意を表するとともに、その研究が単なる「特効薬」の宣伝に置き換えられることなく、治療の本来の考え方として、必要としている方々に届くことを願っています。

「慢性」と「難治性」をどう考えるか

日本では「難治性口内炎」とも呼ばれる猫の歯肉口内炎は、英語では Feline Chronic Gingivostomatitis(FCGS)と呼ばれます。これを直訳すると「猫慢性歯肉口内炎」です。英語の Chronic が意味するのは、「難治性」ではなく「慢性」です。

しかし、この「慢性」という名称によって、外部からの感染の重要性が見過ごされ、症状を引き起こしている根本的な原因への治療が十分に行われなくなることが問題です。

FCV感染に伴う検査所見の例

病原体の感染によって引き起こされる口内炎では、その感染が残っている限り、炎症を抑えるだけでは根本的な問題が残ります。炎症が長く続いているのであれば、原因となる細菌※1やウイルス※2にも目を向ける必要があります。

一方、感染以外の要因による慢性炎症では、遺伝的要因や長期的なリスク因子の影響によって、自然免疫系や免疫細胞の活性化が持続し、炎症性サイトカインが分泌され続けることがあります。※3 こうした慢性炎症は、自己免疫疾患や神経変性疾患のほか、心血管疾患、癌、糖尿病、慢性腎疾患、非アルコール性脂肪肝、冠動脈疾患などとも関わっています。

トーマス・シデナムの著作には、急性疾患と慢性疾患について、次のような一節があります。

“Acutos dico, qui ut plurimum Deum habent authorem, sicut chronici ipsos nos.”

——Thomas Sydenham

「急性とは神がもたらす病気を意味し、慢性とは私たち自身に由来する病気を意味する。」——トーマス・シデナム
トーマス・シデナムの肖像

そのため、猫の歯肉口内炎は、猫白血病ウイルス(FeLV)や猫免疫不全ウイルス(FIV)※4などの免疫抑制ウイルスの関与や、腫瘍・癌による壊死性病変がない限り、基本的に完治が可能です。病状の慢性化や再発は、細菌やウイルス、あるいは炎症そのものなど、症状を引き起こしている根本的な問題が、十分に解消されていないために起こります。

口内炎の分類

口内炎は、猫カリシウイルス(FCV)の関与の有無によって、大きく2つのタイプに分けて考えることができます。

カリシウイルスが関与しない場合

口腔粘膜や分泌物は、自然免疫の重要な防御を担っています。この防御が保たれている場合、一般的な細菌だけで上皮のバリアを突破し、潰瘍性の損傷を引き起こすことは難しく、それに伴う痛みも生じにくいと考えています。

過去の研究の中には、背景にある猫カリシウイルス(FCV)の関与を十分に検討せず、細菌だけで重度の組織損傷が起きたと判断しているものがあります。

猫の歯肉と歯の写真

このケースでは、口腔内の抗菌治療を行うことで治療可能です。

猫博士では通常、抗生物質よりも漢方薬を優先して使用しています。多くの場合、漢方薬だけでも十分な効果が得られるためです。また、使用している漢方薬は口腔内にスプレーするタイプなので、患部に直接作用させられるという利点もあります。

ただし、嫌気性のフソバクテリウム属(Fusobacterium)、ストレプトコッカス・ミティス(Streptococcus mitis)、トレポネーマ・デンティコーラ(Treponema denticola)といった病原菌が関与している場合には、漢方薬だけでは十分に対応しきれないことがあります。

カリシウイルスが関与する場合

カリシウイルスは宿主特異性が高く、猫の自然免疫バリアを破壊することで、感染が深部へ進行します。その結果、舌や舌下面の潰瘍※5、歯槽炎、尾側口内炎、各部位の膿瘍や過形成といった重篤な症状を引き起こします。

猫の口腔内の病変写真

そのため、カリシウイルスが関与する場合は治療がやや複雑になりますが、効果的な方法が存在します。※6

カリシウイルス関連口内炎の治療法

カリシウイルスが関与する口内炎の治療には、以下の3つのアプローチが必要です。

  • 抗炎症治療(炎症のコントロール)
  • 抗ウイルス治療(カリシウイルスの抑制)
  • 抗菌治療(二次感染の予防・治療)

適切な診断と治療を行うことで、猫の口内炎は十分に管理・治癒が可能です。

もちろん、これらとは別に、ウイルスが関与せず、免疫介在性の炎症だけで生じる口内炎も考えられます。これまで猫博士で経験した症例では、こうした口内炎は症状の現れ方が大きく異なっていました。このタイプは今回の議論の対象には含めず、別の機会に紹介します。

一般に、潰瘍や赤み・腫れがあり、抜歯を行って残根がない状態でも症状が続く場合には、猫カリシウイルス(FCV)、細菌、免疫介在性の炎症※7という3つの要素が関わっているケースが多くみられます。そのため、治療もこの3つの側面から考える必要があり、抗ウイルス・抗菌・抗炎症のいずれも欠かせません。

このシリーズの記事では、この3つのアプローチについて詳しく説明します。

おわりに

口内炎という一つの名前の中にも、背景にある要素や、治療で目を向ける場所には違いがあります。本稿で紹介したのは、原著者がウイルス、炎症、細菌という三つの側面から、治療全体を考えるために整理した枠組みです。

続く第2篇では抗ウイルス治療を、第3篇では抗炎症治療を、第4篇では抗菌治療と歯科処置を取り上げます。薬の名前だけを追うのではなく、それぞれの治療が何を目指しているのかをつなげて読んでいただければと思います。

REFERENCES / EVIDENCE参考文献・資料本文で参照した研究・資料(7件)

本文の※番号は、編集元の原文と照合できるよう、そのまま残しています。

※1|口内炎に伴う口腔内細菌叢の変化〔細菌の関連性を調べた研究〕

Dolieslager SMJ, Riggio MP, Lennon A, Lappin DF, Johnston N, Taylor D, Bennett D.(2011)
Identification of bacteria associated with feline chronic gingivostomatitis using culture-dependent and culture-independent methods.
日本語訳:『培養法および培養に依存しない方法による、猫慢性歯肉口内炎に関連する細菌の同定』
公開日:2010年8月17日(オンライン公開)。巻号の刊行は2011年2月24日。
掲載誌:Veterinary Microbiology, 148(1): 93–98.
DOI:10.1016/j.vetmic.2010.08.002
PubMed

※2|猫慢性歯肉口内炎とFCVの関連、および検査で感染を見逃す可能性

Fried WA, Soltero-Rivera M, Ramesh A, Lommer MJ, Arzi B, DeRisi JL, Horst JA.(2021)
Use of unbiased metagenomic and transcriptomic analyses to investigate the association between feline calicivirus and feline chronic gingivostomatitis in domestic cats.
日本語訳:『メタゲノム・トランスクリプトーム解析による、猫カリシウイルスと猫慢性歯肉口内炎との関連の検討』
刊行日:2021年5月1日。
掲載誌:American Journal of Veterinary Research, 82(5): 381–394.
DOI:10.2460/ajvr.82.5.381
PubMed

※3|非感染性の刺激による自然免疫細胞の長期的な変化と、炎症性サイトカイン産生〔ヒト単球を用いた実験〕

Bekkering S, Quintin J, Joosten LAB, van der Meer JWM, Netea MG, Riksen NP.(2014)
Oxidized low-density lipoprotein induces long-term proinflammatory cytokine production and foam cell formation via epigenetic reprogramming of monocytes.
日本語訳:『酸化LDLは、単球のエピジェネティックな再プログラム化を介して、長期的な炎症性サイトカイン産生と泡沫細胞形成を誘導する』
公開日:2014年6月5日(オンライン公開)。巻号の刊行は2014年8月。
掲載誌:Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology, 34(8): 1731–1738.
DOI:10.1161/ATVBAHA.114.303887
PubMed

※4|FIV感染がFCV感染後の病状とウイルス排出量に及ぼす影響

Reubel GH, George JW, Higgins J, Pedersen NC.(1994)
Effect of chronic feline immunodeficiency virus infection on experimental feline calicivirus-induced disease.
日本語訳:『慢性の猫免疫不全ウイルス感染が、実験的な猫カリシウイルス感染による病態に及ぼす影響』
刊行年月:1994年4月。
掲載誌:Veterinary Microbiology, 39(3–4): 335–351.
DOI:10.1016/0378-1135(94)90169-4
PubMed

※5|猫カリシウイルス感染による舌・口腔粘膜の潰瘍〔猫の実験感染研究〕

Hoover EA, Kahn DE.(1975)
Experimentally induced feline calicivirus infection: clinical signs and lesions.
日本語訳:『実験的に誘発した猫カリシウイルス感染:臨床症状と病変』
刊行日:1975年3月1日。
掲載誌:Journal of the American Veterinary Medical Association, 166(5): 463–468.
PMID:1112749。
DOI:参照した文献記録に記載なし。
PubMed

※6|FCV陽性の難治性尾側口内炎に対する、インターフェロンと抗炎症治療の臨床的検討

Hennet PR, Camy GAL, McGahie DM, Albouy MV.(2011)
Comparative efficacy of a recombinant feline interferon omega in refractory cases of calicivirus-positive cats with caudal stomatitis: A randomised, multi-centre, controlled, double-blind study in 39 cats.
日本語訳:『カリシウイルス陽性の難治性尾側口内炎に対する遺伝子組換え猫インターフェロンωの効果:39頭の猫を対象とした無作為化多施設二重盲検比較試験』
刊行年月:2011年8月。
掲載誌:Journal of Feline Medicine and Surgery, 13(8): 577–587.
DOI:10.1016/j.jfms.2011.05.012
Sage Journals

※7|口内炎病変における免疫反応と、炎症性サイトカインの発現

Harley R, Helps CR, Harbour DA, Gruffydd-Jones TJ, Day MJ.(1999)
Cytokine mRNA Expression in Lesions in Cats with Chronic Gingivostomatitis.
日本語訳:『慢性歯肉口内炎の猫の病変におけるサイトカインmRNAの発現』
公開日:1999年7月1日。
掲載誌:Clinical and Diagnostic Laboratory Immunology, 6(4): 471–478.
DOI:10.1128/CDLI.6.4.471-478.1999
ASM Journals

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