
今回の内容は少し長くなりますが、下痢や下痢止めに対する一般的な認識を大きく見直すきっかけになる内容です。
前回の投稿では、下痢がどのような仕組みで起こるのか、主な原因の考え方、そしてよく行われている対症療法の限界について整理しました。
今回はその続きとして、急性下痢と慢性下痢をどのように考え分けるか、原因をどの順序で判断していくべきか、また治療を進める際に注意すべきポイントについて、段階的に紹介していきます。
急性下痢の基本対策
- 腸内細菌のコントロール
- 便検査による原虫感染の確認
慢性下痢への対策
- IBD(炎症性腸疾患)の除外または診断
- 食事内容の調整による吸収率改善
- 血液検査による疾患スクリーニング
- 慢性疾患や腫瘍のスクリーニング
下痢の原因を見つかる手順と治療の進め方
猫博士での臨床経験では、全身症状のない急性下痢に対して、腸内細菌量を一時的に抑える対応が最も早く改善につながる印象があります。
病原性の有無にかかわらず腸内細菌全体の量を一時的に低下させることで、腸管内溶液の浸透圧が下がり、水分の排出(下痢)が起こりにくくなります。
腸内の細菌量を一時的に抑えることで、発酵・分解産物による浸透圧負荷を軽減し、腸内に水分が過剰に引き留められる状態の改善を目指します。こうした働きが、急性下痢の早期改善につながります。
ただし、この方法はあくまで急性下痢への初期対応であり、根本的な原因を解決するものではありません。
仮に抗菌処置によってすぐに下痢が止まらなかったとしても、その反応自体が次の鑑別に進むための重要な情報となります。
抗菌薬の選択について
抗菌薬は、短期間で使用することを前提に選択します。
具体的には、
- 作用時間が比較的長いこと
- 抗菌スペクトルが広いこと
- 肝臓・腎臓への負担が大きくないこと
- 短期使用で耐性化しにくいこと
といった条件を満たす薬剤が望まれます。
これまで治療に関わってきた多くの猫たちの経験を踏まえ、猫博士では、第一選択としてモキシフロキサシンを用いるケースが多いです。
初期の抗菌処置で十分な改善が得られない場合には、グラム陰性菌に対する抗菌活性が十分かも考慮し、必要に応じて、それらに有効な抗菌薬の追加を検討します。
これまで治療に関わってきた多くの猫たちの経験を踏まえ、猫博士では、第一選択としてモキシフロキサシンを用いるケースが多くなっています。モキシフロキサシンによる初期治療で十分な改善が得られない場合には、グラム陰性菌の関与や、それらに対する薬剤感受性も考慮し、必要に応じて、有効な抗菌薬の追加・変更を検討します。
個体差や病態によって調整が必要となるため、個別にご相談いただければと思います。
短期間で自然軽快するタイプの急性下痢であっても、抗菌薬を用いることで回復を早めることは可能です。※17
ここで重要なのは、抗菌薬の目的は特定の病原菌を狙い撃ちすることではなく、腸内細菌の総量を一時的に減らすことにあります。
短期間の使用でも耐性菌が選択されることはあるため、使用の必要性を確認し、必要最小限の期間にとどめます。※18
下痢が改善した時点で、抗菌薬は中止します。
猫博士でこの方法を用いる場合、通常は3〜5日間を一つの目安とし、治療への反応と原因に応じて、終了や変更を判断します。
全身症状がある場合
下痢以外に、
- 発熱
- 嘔吐
- 傾眠
- 流涎
- 貧血
などの症状が見られる場合、下痢そのものはもはや最優先事項ではありません。
この場合は、猫汎白血球減少症、猫白血病ウイルス(FeLV)、猫免疫不全ウイルス(FIV)などの重篤な疾患を速やかに鑑別する必要があります。※19
抗菌処置で改善しない場合
全身症状がなく、抗菌薬によっても下痢が改善しない場合には、糞便検査を行い、寄生虫(特に原虫)の有無を確認します。
原虫の種類や感染部位によっては粘膜の障害は局所的で、便の一部が軟化し、ゼリー状の付着物や少量の鮮血を伴うことがあります。※20
便全体は成形されていることも少なくありません。寄生虫感染が確認された場合には、寄生虫の種類に応じた薬剤選択が重要となります。
薬剤選択に迷う場合や、治療を行っても改善が見られない場合には、状況を踏まえて個別にご相談ください。
細菌・原虫でない場合
細菌や原虫の関与が確認できない場合には、消化管ウイルスのほか、食事や薬剤の影響なども含めて考えます。

これらのウイルス感染は多くの場合、短期間で自然軽快し、強い組織破壊を起こすことは稀です。
重症化する感染症を除外し、全身状態が保たれている場合には、必要な支持療法を行いながら経過をみることもあります。
慢性下痢の場合の考え方
慢性的な下痢が続き、かつ抑菌によって改善が得られない場合には、原因を段階的に整理して考えていく必要があります。
※以下は考え方を整理するための順序であり、実際の検査や食事の評価は、猫ちゃんの状態に応じて並行して進めます。※21
基本的に、4つの順番で考えていきます。
① 炎症性腸疾患(IBD)の可能性
炎症性腸疾患(IBD)は、幼齢の猫や犬では発生率が非常に低く、臨床的には中高齢個体で認められることが多い疾患です。長期間にわたる不適切な飼養環境、特に消化率の低い食事や炭水化物比率の高い食事が続いた場合、慢性的な腸管炎症のリスクが高まることがあります。

一部の症例では中〜低用量のステロイドに対する反応を見ることで、IBD の可能性を評価するという考え方が取られることもあります。
ステロイド製剤の選択には注意が必要です。
プレドニンは全身性の糖質コルチコイドであり、抗炎症効果は高い一方、長期使用では全身性副作用のリスクが高く※22、すべての症例における第一選択とは言えません。
ブデソニド(Budesonide)のように、腸管での局所作用を重視したステロイドが選択されることがあります。ブデソニドは腸管で抗炎症作用を発揮し、吸収された後も肝臓で速やかに代謝されるという特徴があります。※23そのため、腸の炎症を抑えながら、全身性の副作用をできるだけ抑えたい場合の選択肢になります。
投与量は猫ちゃんの状態に合わせて設定し、病変部位に適した放出特性を持つ製剤を使用します。
② 食事内容による吸収不良の除外
食物アレルギー検査は費用や時間の負担が大きいため、実臨床ではまず食事内容の見直しを行う方が効率的な場合も少なくありません。
具体的には、タンパク源の変更※24、タンパク質や脂質の過剰摂取を避けること、食事構成をできるだけシンプルにすることなどが挙げられます。
③ 肝・胆・膵系疾患の評価
肝臓・胆道・膵臓の異常や糖尿病などの代謝性疾患も、下痢の原因となることがあります。
そのため、血液検査(血算・生化学検査)や超音波検査などを含めた全身的な評価が必要となるケースも少なくありません。
下痢の診断では腸管そのものに注目が集まりやすい一方で、消化機能に深く関与する肝胆膵系の異常が背景にある例も実は少なくありません。
消化器系全体を一つのシステムとして捉える視点が重要です。※25
④ 免疫性疾患・腫瘍性疾患の可能性
免疫機能を障害するウイルス(FIV、FeLVなど)や細菌感染だけでなく、腫瘍性疾患や悪性腫瘍なども、慢性的な下痢の背景として考慮する必要があります。
補足:抗菌薬使用と軟便について
抗菌薬による軟便※26を、ただ「腸内細菌叢の乱れ」と説明するだけでは、何が起きているのかは分かりません。
また、プロバイオティクスやビタミンを補えば、それだけで解決するとは限りません。
抗生物質による下痢は、薬剤から放出されるさまざまなイオンが増加し、腸管内溶液の浸透圧が上昇することによって起こります。
抗生物質以外の薬剤でも、下痢を引き起こすものは少なくありませんが、その一部も同様の機序によるものです。
また、抗生物質の使用によって腸内細菌量が減少し、炭水化物の代謝が低下することで、腸管内溶液の浸透圧が上昇する場合もあります。※27
あるいは、特定の有益菌が減少することで、短鎖脂肪酸を産生する細菌が減少すると、その供給量が変わり、水分や電解質の吸収を支える働きにも影響する可能性があります。
治療過程において抗生物質が原因で下痢が生じた場合、基本的には治療が終了し、薬剤の使用を中止すれば、多くの場合、下痢は自然に改善していきます。
今回の内容では、急性下痢と慢性下痢を分けて考えながら、原因をどのような順序で判断していくべきか、そして治療を行う際に注意すべきポイントについて整理しました。
次回は、幼齢猫に見られる下痢をテーマに、その特徴や考え方、判断のポイント、そしてどのように対応すべきかについて詳しく解説していく予定です。
ぜひ引き続きご覧ください。
REFERENCES / EVIDENCE参考文献・資料本文で参照した研究・資料(11件)
※17|急性下痢に対する抗菌薬の効果を検討した研究〔犬・メトロニダゾールの無作為化比較試験〕
Langlois DK, Koenigshof AM, Mani R.(2020)
Metronidazole treatment of acute diarrhea in dogs: A randomized double blinded placebo-controlled clinical trial.
日本語訳:『犬の急性下痢に対するメトロニダゾール治療:無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験』
公開日:2019年11月19日(オンライン公開)。巻号の刊行は2020年1~2月。
掲載誌:Journal of Veterinary Internal Medicine, 34(1): 98–104.
DOI:10.1111/jvim.15664
原文・PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31742807/
Shmalberg J, Montalbano C, Morelli G, Buckley GJ.(2019)
A Randomized Double Blinded Placebo-Controlled Clinical Trial of a Probiotic or Metronidazole for Acute Canine Diarrhea.
日本語訳:『犬の急性下痢に対するプロバイオティクスまたはメトロニダゾールの無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験』
公開日:2019年6月4日。
掲載誌:Frontiers in Veterinary Science, 6: 163.
DOI:10.3389/fvets.2019.00163
原文・Frontiers
https://www.frontiersin.org/journals/veterinary-science/articles/10.3389/fvets.2019.00163/full
※18|短期間の抗菌薬投与と耐性菌の選択〔犬の無作為化比較試験〕
Werner M, Suchodolski JS, Straubinger RK, et al.(2020)
Effect of amoxicillin-clavulanic acid on clinical scores, intestinal microbiome, and amoxicillin-resistant Escherichia coli in dogs with uncomplicated acute diarrhea.
日本語訳:『合併症のない急性下痢の犬における、アモキシシリン・クラブラン酸の臨床スコア、腸内細菌叢およびアモキシシリン耐性大腸菌への影響』
公開日:2020年4月23日(オンライン公開)。巻号の刊行は2020年5~6月。
掲載誌:Journal of Veterinary Internal Medicine, 34(3): 1166–1176.
DOI:10.1111/jvim.15775
原文・PMC
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7255678/
※19|全身症状を伴う猫で考慮する汎白血球減少症・FeLV・FIVと、その評価
Kruse BD, Unterer S, Horlacher K, Sauter-Louis C, Hartmann K.(2010)
Prognostic Factors in Cats with Feline Panleukopenia.
日本語訳:『猫汎白血球減少症の予後因子』
公開日:2010年10月12日(オンライン公開)。巻号の刊行は2010年11~12月。
掲載誌:Journal of Veterinary Internal Medicine, 24(6): 1271–1276.
DOI:10.1111/j.1939-1676.2010.0604.x
原文・Wiley
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1939-1676.2010.0604.x
Little S, Levy J, Hartmann K, Hofmann-Lehmann R, Hosie M, Olah G, St Denis K.(2020)
2020 AAFP Feline Retrovirus Testing and Management Guidelines.
日本語訳:『2020年AAFP 猫のレトロウイルス感染症の検査・管理ガイドライン』
公開日:2020年1月9日。
掲載誌:Journal of Feline Medicine and Surgery, 22(1): 5–30.
DOI:10.1177/1098612X19895940
原文・PMC
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11135720/
※20|原虫感染に伴う猫の大腸性下痢と粘膜病変〔トリトリコモナス感染猫の研究〕
Yaeger MJ, Gookin JL.(2005)
Histologic Features Associated with Tritrichomonas foetus-induced Colitis in Domestic Cats.
日本語訳:『猫のTritrichomonas foetus感染による大腸炎に関連する組織学的特徴』
刊行年月:2005年11月。
掲載誌:Veterinary Pathology, 42(6): 797–804.
DOI:10.1354/vp.42-6-797
原文・Sage Journals
https://journals.sagepub.com/doi/10.1354/vp.42-6-797
※21|猫の慢性腸疾患の診断・鑑別と、炎症性疾患と低悪性度リンパ腫の区別
Marsilio S, Freiche V, Johnson E, et al.(2023)
ACVIM consensus statement guidelines on diagnosing and distinguishing low-grade neoplastic from inflammatory lymphocytic chronic enteropathies in cats.
日本語訳:『猫の低悪性度腫瘍性慢性腸疾患と炎症性リンパ球性慢性腸疾患の診断・鑑別に関するACVIMコンセンサスガイドライン』
公開日:2023年5月2日。巻号の刊行は2023年5~6月。
掲載誌:Journal of Veterinary Internal Medicine, 37(3): 794–816.
DOI:10.1111/jvim.16690
原文・PMC
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10229359/
※22|糖質コルチコイド投与に伴う猫の全身性の変化
Lowe AD, Campbell KL, Barger A, Schaeffer DJ, Borst L.(2008)
Clinical, clinicopathological and histological changes observed in 14 cats treated with glucocorticoids.
日本語訳:『糖質コルチコイドを投与した14頭の猫で観察された、臨床的・臨床病理学的・組織学的変化』
刊行日:2008年6月14日。
掲載誌:Veterinary Record, 162(24): 777–783.
DOI:10.1136/vr.162.24.777
原文・出版社
https://bvajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1136/vr.162.24.777
※23|ブデソニドの局所作用・初回通過代謝と、猫の慢性腸疾患での使用
ゼリア新薬工業株式会社(2024)
ゼンタコートカプセル3mg 電子添文。
英語製品名:Zentacort Capsules 3mg.
改訂年月:2024年9月(第3版)。
掲載元:医薬品医療機器総合機構(PMDA)。
資料種別:ヒト用医薬品の正式製品情報。
参照箇所:16.2「吸収」、16.4「代謝」、18「薬効薬理」。
原文・PMDA
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/380077_2399016M1024_1_07
Bigay M, Bourassi E, Javard R.(2024)
Use of budesonide in feline chronic enteropathies: A retrospective study of 102 cases.
日本語訳:『猫の慢性腸疾患に対するブデソニドの使用:102症例の後ろ向き研究』
公開日:2024年11月1日(抄録集の公開日)。学会開催期間:2024年9月5~7日。
収録:RESEARCH COMMUNICATIONS OF THE 34th ECVIM-CA CONGRESS. Journal of Veterinary Internal Medicine, 38(6): 3537–3694.
抄録番号:ESCG-O-13。
資料種別:学会抄録(査読付き原著論文ではありません)。
DOI:10.1111/jvim.17231(抄録集)。
原文・抄録集
https://academic.oup.com/jvim/article/38/6/3537/8448521
※24|蛋白源を変更した除去食と再負荷による、猫の食物感受性の評価
Guilford WG, Jones BR, Markwell PJ, Arthur DG, Collett MG, Harte JG.(2001)
Food Sensitivity in Cats with Chronic Idiopathic Gastrointestinal Problems.
日本語訳:『慢性特発性消化器症状を持つ猫における食物感受性』
刊行年月:2001年1~2月。
掲載誌:Journal of Veterinary Internal Medicine, 15(1): 7–13.
DOI:10.1111/j.1939-1676.2001.tb02291.x
原文・Wiley
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1939-1676.2001.tb02291.x
※25|腸・胆道・膵臓を関連づけて評価する根拠〔猫の前向き症例研究〕
Fragkou FC, Adamama-Moraitou KK, Poutahidis T, et al.(2016)
Prevalence and Clinicopathological Features of Triaditis in a Prospective Case Series of Symptomatic and Asymptomatic Cats.
日本語訳:『症状のある猫と無症状の猫における三臓器炎の頻度と臨床病理学的特徴:前向き症例研究』
刊行年月:2016年7~8月。
掲載誌:Journal of Veterinary Internal Medicine, 30(4): 1031–1045.
DOI:10.1111/jvim.14356
原文・PMC
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5089651/
※26|抗菌薬投与後の猫の便性状、腸内細菌叢、代謝産物の変化
Belchik SE, Oba PM, Lin C-Y, Swanson KS.(2024)
Effects of a veterinary gastrointestinal diet on fecal characteristics, metabolites, and microbiota concentrations of adult cats treated with metronidazole.
日本語訳:『メトロニダゾールを投与した成猫における、消化器用療法食の便性状、代謝産物および腸内細菌叢への影響』
公開日:2024年9月16日。
掲載誌:Journal of Animal Science, 102: skae274.
DOI:10.1093/jas/skae274
原文・PMC
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11465373/
※27|抗菌薬関連下痢における炭水化物発酵・短鎖脂肪酸の変化と、水分・電解質吸収の関係〔ヒトの研究〕
Clausen MR, Bonnén H, Tvede M, Mortensen PB.(1991)
Colonic fermentation to short-chain fatty acids is decreased in antibiotic-associated diarrhea.
日本語訳:『抗菌薬関連下痢では、結腸内で短鎖脂肪酸を生成する発酵が低下している』
刊行年月:1991年12月。
掲載誌:Gastroenterology, 101(6): 1497–1504.
DOI:10.1016/0016-5085(91)90384-W
原文・PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1955116/
ARTICLE INFORMATION
執筆・監修/公開情報
本記事の執筆・監修者と公開履歴
CREDITS
01 / WRITER
猫博士研究チーム
02 / REVIEW
Li Yun 博士
獣医師
PUBLICATION
公開日
最終更新
Neko PhD
便秘と下痢⑤
便秘と下痢③
便秘と下痢②