
今回の記事は少し長くなりますが、下痢や下痢止めに対する一般的な認識を、大きく見直すきっかけになる内容です。
前回までの投稿では、下痢がどのように起こるのか、そして下痢を引き起こす主な原因について説明しました。
今回は、よくある対症療法の限界についてお話しします。
さらに次回は、下痢の本当の原因をどう見つけるのか、何をどの順番で判断するのか、そして適切な治療をどう進めるのかについて、順を追って紹介していきます。
よく行われる方法とその限界
- ・プロバイオティクスなどの効果について
- ・対症療法の限界
Ⅰ.よくある治療についての考え方
このセクションでは、猫や犬の下痢に対して一般的によく行われている対処法を整理し、それだけでは十分な効果が得られない理由を考えていきます。
前述したとおり、絶食によって便の量が一時的に減っても、それだけで下痢の原因が解決するわけではありません。そのため、本稿では、下痢に対して一律に絶食させることを、根本的な治療手段としては扱いません。
① プロバイオティクス(乳酸菌など)について
前回紹介した資料では、腸内の微生物数は約10¹⁰〜10¹⁴個と推定されています。
これは非常に膨大な数です。
ここでは、10¹⁴個という規模を想定して比べてみましょう。腸内環境のpHや、経口摂取した菌が胃酸や胆汁などの影響をどれだけ受けるかを考慮せず、補った菌がすべて大腸に届いたとします。

それでも、100億個なら既存の菌数に対して1:10,000、1,000億個なら1:1,000です。
もちろん、プロバイオティクスの働きは菌数だけで決まるものではなく、菌株の性質や宿主の状態にも左右されます。猫の研究でも、下痢の減少が認められた試験がある一方で、便の状態に有意な改善がみられなかった試験もあります。※13
これほど大きな菌叢を相手に、「有益菌を補えば、それだけで腸内環境が整う」と期待するのは、現実的ではありません。下痢を起こしている原因が残っていれば、改善が一時的、あるいは限定的なものにとどまることもあります。
仮に、補った菌株が既存の細菌と競合できたとしても、腸内で残渣の分解や発酵が続くことに変わりはありません。
その過程で生じた可溶性の代謝産物が、十分に吸収されずに残っていれば、腸管内の浸透圧負荷も続きます。私たちは、こうした条件下では、プロバイオティクスの追加による発酵の変化が、かえって症状の悪化につながる可能性も考えています。
Ⅱ.一定の効果はあるが、限界のある方法
以下のような対処法は、症状や全身状態を支えるうえで有用です。ただ、それだけで下痢の背景にある原因まで解決できるとは限りません。
電解質補給
下痢そのものを止める治療ではありませんが、下痢で失われた水分や電解質を補うことは、全身状態を保つうえで重要です。
吸着剤・粘膜保護剤
腸内の毒素などを吸着したり、傷んだ粘膜を保護したりすることで、症状の軽減を図ります。
例えば、臨床で使用されるディアバスターには、次硝酸ビスマスが含まれています。この成分は、収斂作用や粘膜面を覆って保護する作用によって、下痢の改善を助けます。※14
腸の動きや炎症に作用する薬
オピオイド系の止瀉薬には、腸の動きを抑えて下痢を軽減する作用があります。一方、薬剤や個体の条件によっては、中枢神経系への副作用が問題になることもあります。※15
また、ディアバスターに含まれるタンニン酸ベルベリンには、抗菌・収斂作用があります。ベルベリンについては、抗炎症作用も実験で確認されています。※16

抗コリン薬
腸管の蠕動やけいれんを抑える目的で使用されることがあります。ディアバスターに含まれるロートエキスも、抗コリン作用を持つ成分です。
これらの方法によって症状が改善することはあります。しかし、下痢が一時的に治まったからといって、その背景にある本当の原因まで特定できたことにはなりません。
原因が残っていれば、症状を繰り返すこともあります。そこが、対症療法だけで対応する際の限界です。
まとめと次回のご案内
今回は、乳酸菌などのプロバイオティクスと、よく使われる対症療法について取り上げました。
下痢の原因の見極め方や、本当に必要な対応については、次回の投稿でお話しします。
ぜひ、引き続きご覧ください。
REFERENCES / EVIDENCE参考文献・資料本文で参照した研究・資料(4件)
※13|猫で検討されたプロバイオティクス・シンバイオティクスの効果と、その違い
Bybee SN, Scorza AV, Lappin MR.(2011)
Effect of the Probiotic Enterococcus faecium SF68 on Presence of Diarrhea in Cats and Dogs Housed in an Animal Shelter.
日本語訳:『動物保護施設で飼育される犬猫の下痢に対する、プロバイオティクスEnterococcus faecium SF68の効果』
公開日:2011年6月20日(オンライン公開)。巻号の刊行は2011年7〜8月。
掲載誌:Journal of Veterinary Internal Medicine, 25(4): 856–860.
DOI:10.1111/j.1939-1676.2011.0738.x。
Stokes JE, Price JM, Whittemore JC.(2017)
Randomized, Controlled, Crossover trial of Prevention of Clindamycin-Induced Gastrointestinal Signs Using a Synbiotic in Healthy Research Cats.
日本語訳:『健康な研究用猫における、シンバイオティクスによるクリンダマイシン関連消化器症状の予防:無作為化比較クロスオーバー試験』
公開日:2017年7月29日(オンライン公開)。巻号の刊行は2017年9〜10月。
掲載誌:Journal of Veterinary Internal Medicine, 31(5): 1406–1413.
DOI:10.1111/jvim.14795。
※14|ディアバスターの成分と、次硝酸ビスマスなどの作用
農林水産省 動物医薬品検査所。動物用医薬品等データベース「ディアバスター錠」。
掲載情報更新日:2026年7月13日。
製造販売業者:リケンベッツファーマ株式会社。
資料種別:動物用医薬品の承認情報・使用上の注意。
厚生労働省(2005)『相対的リスク評価用ワークシート』。
資料年月:2005年2月。
参照項目:止瀉薬の収斂成分、腸内殺菌成分など。
※15|オピオイド系止瀉薬による中枢神経作用と、個体の薬物輸送機能の関係〔犬の実験〕
Mealey KL, Greene S, Bagley R, et al.(2008)
P-glycoprotein contributes to the blood-brain, but not blood-cerebrospinal fluid, barrier in a spontaneous canine p-glycoprotein knockout model.
日本語訳:『自然発生のP糖タンパク質欠損犬モデルにおいて、P糖タンパク質は血液脳関門に寄与するが、血液脳脊髄液関門には寄与しない』
掲載誌:Drug Metabolism and Disposition, 36(6): 1073–1079.
DOI:10.1124/dmd.107.018978。
※16|ベルベリンによる腸管の抗炎症作用〔マウス・細胞実験〕
Yan F, Wang L, Shi Y, et al.(2012)
Berberine promotes recovery of colitis and inhibits inflammatory responses in colonic macrophages and epithelial cells in DSS-treated mice.
日本語訳:『ベルベリンはDSS処置マウスの大腸炎からの回復を促し、結腸マクロファージと上皮細胞の炎症応答を抑制する』
掲載誌:American Journal of Physiology-Gastrointestinal and Liver Physiology, 302(5): G504–G514.
DOI:10.1152/ajpgi.00312.2011。
腸内微生物数の推定範囲は、基礎編の※2、Purina Institute「腸内微生物叢」を参照し、番号は重複して付していません。
ARTICLE INFORMATION
執筆・監修/公開情報
本記事の執筆・監修者と公開履歴
CREDITS
01 / WRITER
猫博士研究チーム
02 / REVIEW
Li Yun 博士
獣医師
PUBLICATION
公開日
最終更新
Neko PhD
便秘と下痢⑤
便秘と下痢④
便秘と下痢②